マーラーの交響曲第7番はしばしば「夜の歌」と呼ばれる。これはマーラーが付した曲全体の副題ではなく、第2楽章と第4楽章つけられた副題 Nachtmusik(ナハトムジーク:夜の音楽)に由来する。マーラーの7番は、わかりにくい、一貫性がない、最終楽章が通俗的…と批判されることも多く、柴田南雄の名著「グスタフ・マーラー―現代音楽への道―」注1)でも不評である。
さて、この名前から「アイネクライネナハトムジーク」を連想する方も多いだろう。また、第4楽章にギターとマンドリンが使われることから、《ドン・ジョヴァンニ》のセレナードの場面を思い起こされる方もいるかもしれない。どちらもモーツァルトの作品だが、モーツァルト時代の「セレナード」「ナハトムジーク」について、ウィーン楽友協会のオットー・ビーバさんが「モーツァルトin聖徳2006」のために来学されたときにシンポジウムで講演なさったので、引用しよう。注2)
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[...] ウィーンでは、とりわけ市民の間で(下級市民の間であっても)、[ザルツブルクに比べて]より頻繁にセレナードが演奏されました。ですから、ウィーンでセレナードを耳にするのは特別なことではなく、日常的な現象でした。ただし、ウィーンでも「セレナード」という名称は一般的ではありませんでした。それより「ナハトムジーク Nachtmusik」という、元来の目的に、より合致した名称で呼ぶのが普通でした。というのは、「ナハトムジーク」が晩あるいは午前0時までの夜中前の時間に演奏されたからです。一方、「セレナード」という概念は、朗らかな様子を意味するラテン語の「セレナ serena」もしくはイタリア語の「セレーノ sereno」に由来しています。したがって、セレナードは朗らか・快活な音楽のことであり、それはいつどのような時でも変わりません。ウィーンではさらに、道で演奏されるそのような夜の音楽には「カッサシオン Cassation」という概念が使われました。「カッサシオン」の語には「ガッサーティムgassatim」という単語がはめ込まれていますが、これは通りを歩く、というようなことを意味しています。そのような音楽を表すために良く使われる3つ目の名称は「シュテントヒェン Ständchen」でした。[...] (山本まり子訳)
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「ナハトムジーク」は中立的な言葉であるが、マーラーもまたウィーン文化圏の伝統を受け継いで、2つの楽章のそれぞれに意識的に「ナハトムジーク」の語を用いたに違いない。確かに第2~4楽章は「ナハトムジーク」の色彩が濃く、また第1楽章のテノールホルンによるメロディーも夜の音楽に相応しいだろう。しかし、最終楽章でティンパニ独奏から始まる一連の楽節は、土臭さがぬぐえないと思う。そういった面が、この作品の魅力的ともいえるのだが…。
注1)柴田南雄「グスタフ・マーラー―現代音楽への道―」岩波新書、1984年
1984年に出版されたこの名著は数度復刊されました。2010年にも復刊されましたので、入手可能です(岩波現代文庫)。